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【リード】 【キャプション】上田和泉・中海テレビキャスター、小松氏、中西氏、松本氏、本澤氏、大脇氏
小松 近年、韓国、北朝鮮、日本は、核大国の中国、ロシア、アメリカの影響を大きく受けている。中海宍道湖圏が対岸の韓国、北朝鮮の建国に大きな歴史的責任を負う日本を代表して、東京にかわり、際限のない靖国騒動を「和譲のソフトパワー」で恒久平和への流れをつくる。ここ出雲の地で空間を越えた人の和が生まれれば実現も夢ではない。 中西 ソ連―アメリカのイデオロギー対立を基にした冷戦が終わり、フランシス・フクヤマ氏のいう歴史の終わりという時代が来た。
共産主義が負け、自由主義、資本主義が勝利したというが、小泉政権のもとで日本は上下の乖離(かいり)が進んでいる。 小松 松本さんは出雲をディベートと間接民主主義の発祥の地として位置づけておられます。今回訪問なさってどうですか。
寝たことがある。二十年前のことです。そこがディベート・交渉の発祥の地ですから。「イナ(否)、サ」は、「yes or no」です。懐かしい思い出です。
本澤 昨年の戦後六十年にあわせて、ノルマンディ、アウシュッツ、ロシアなど世界各地でさまざまな記念式典が行われた。そこには(連合国、同盟国の別なく)戦争当事国のリーダーが全部そろっていた。これはヨーロッパでは和解が成立しているということ。 ひるがえってアジアでは、そうではない。日本がそういう状況を作っている。総理大臣の靖国参拝を止める、これだけのことがマスコミを含めてもごもごとしているためにできない。また、それを喜ぶ勢力もいるのだ。
大脇 一九七五年「平和の戦略」をテーマに経団連連会館で国際会議をやりました。平和は何によりもたらされるのか?軍事力、ガンジーのような非暴力主義もあり、ひとくくりに出来ない。国連に代わり、市民による世界機構を作るべきといった発表もあった。ユネスコ憲章に唄っているように、「人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」やはり、一人ひとりが変わって行くほかはないというのが結論でした。 小松 出雲大社は「和譲」がキーワード。日本は敗戦国にもかかわらず、世界の中で恵まれた生活をしています。敗戦国が戦勝国よりも豊かな生活をしたというのは人類史上例がないと思います。日本、ドイツ、イタリアは人類史の中で恒久平和実現のため、特別の使命があると考えるべきではないでしょうか。 人類は(1)核兵器(2)細菌兵器(3)疑心暗鬼――この三つの核にさいなまれています。昔は宗教がこの解決の役割を担ったが、ブロードバンドと高速大量交通の時代になると、統合、昇華にもっていく以外にないのでは。 さらに、悪い食べ物が蔓延し、体内が犯され心も病んでいる。核大国の米国・中国・ロシアの理解を得る中で北朝鮮、韓国、日本が力を合わせて、世界に対して恒久平和への道筋のモデルを作る使命があると思います。 中西 われわれは市民の目から文明論を唱える、地球文明機構、市民国連をつくるべしと提案している。 日本文明は出雲に見られるように独自性がある。日本文明のよさを世界にプレゼンテーションしていきたい。実際に東京のファッションや建築は、世界でも注目されており、すばらしい。 そういったものを世界に紹介して、いろいろな交流をしていく。たとえば和服のオークションをワシントンやニューヨークでやるようなことを考えてみたい。他方、日本文明論「日本文明が世界を救う」(仮称)なる著作を出版して世に問い、日本文明の基層に占める哲学を知的に理解してもらえるように世界に訴えていきたい。 小松 “地に脚がつく”という言葉がありますが、理想を現実化するべく“知に脚をつける”必要に迫られているとも言えるのでは。 松本 長野県の田中知事は飛び上がり、地上戦でやられた。治世は正しいほうが勝つ。乱世では強いやつが勝つ。ルールなき時代の戦い方は、まず定義から始まる。 明治に福沢諭吉が太陽暦を提唱し、本が大ベストセラーになって、陽暦を導入した。これにより日本はモノ中心主義になった。これを戻すのは、出雲ではないか。 出雲は面白い。汽水である宍道湖は海であって海でなく、川であって川ではない。日本であって、日本ではない。スケールのでかいことが出雲発でできるときではないか。 本澤 日本は加害者であり、中国、朝鮮は被害者である。こういう謙虚な姿勢がまったく無くなった。中国、韓国の意見に内政干渉だという。しかしわれわれは加害者なんです。 靖国神社は中国、朝鮮にとっては戦争神社であり、侵略神社である。ここに八月十五日に行くことになると、これはもうたまらんということになる。 われわれには嫌なことは忘れようとするが、小泉さんが靖国神社に行くと、被害国では戦争の歴史を思い出してしまう。それに対応するのは人間として当たり前のことではないか。 大脇 日本は美醜、中国は善悪、韓国(朝鮮)は真偽を重んじる。同じ儒教思想を共有する国でもこのように違う。「なぜ過去のことにこだわるのか」と日本人はいぶかしがるが、そこには、善悪、真偽に照らした考え方があるからだ。これからの若者にはぜひ、異文化体験をしてほしい。アメリカは生命の源を断ち切った個の文明です。西欧文明の行詰りを打開できるのは、生命の根っ子を大切にする東洋古来の親孝行の精神に返ることです。 中西 文明の基礎には「人間観」「自然観」「神観」がある。二十一世紀の世界を支配しているのはキリスト教文明です。ブッシュの演説にも出ています。これは人間至上主義、経済第一主義で、物質第一主義である。このために地球の生命体系が極限まで酷使されている。 また中近東が大戦争になろうとしている。キリストは他の宗教を認めない。その結果、当然イスラムと対立する。 これに対して日本文明は、自然を愛し、自然を敬い、自然の摂理にあわせて生きる生き方を最上のものとした。この心は「和譲の心」という言葉が一言で言い表しているキーワードといえよう。 小松 ドイツの宰相ビスマルクは「歴史に盲目な人間は現在においても盲目である」と言った。失敗は成功の基という言葉があるが、成功とは幻想であり、成功と錯覚すると傲慢になり、破滅へ向かう。失敗を認識、原因を環境や他人の責任にせず、追究すると、脳の中に「論理回路」が生まれ、想像力、ひらめき、仮説が組み立つ脳が出来る。 日本人が朝鮮半島、中国に行った。中国、朝鮮人が日本に来たわけではない。いろんな事情があるにせよ、因果関係とその背景を探ることによって未来への道筋が明らかになってくると思う。 松本 インドは裁けないのだ。ゼロがあるからだ。釈迦にせよリグ・ヴェーダにせよウパニシャッドにせよ。勝利者が負けたものを裁くことも、インドに照らせば東京裁判も裁けないということになる。永遠に謝罪し続けることは正しいことかどうかということにつながり、ディベートが必要になってくるのだ。 中国、韓国、日本の共通点は面子である。マスコミのプレッシャーに日本は負けやすいが、日本も加害がすべてではない、中国、韓国も被害がすべてではない。どこかに共通点があるはず、何かによってバランスが取れるはずだ。 怨念を残さないこと。(弁証法における)アウフヘーベン、昇華である。怨念をつくるマルクス主義は、どうしても暗い。スパイラル(正反、善悪、陰陽、正邪のうずまき)で明るく考える。 小松 目的と具現化のための目標を三つ定めることから始まる。楽しく持続的に生きられる社会の創造が自分の生涯の目的になり、同志が集まってくれば、行動に繋がり、生きがいも生まれる。 本澤 憲法第9条は人類の宝である。自治官僚出身の政治家が言っていたが、今の日本の政治家は憲法を読んでいない。公人が宗教法人に参拝することはNOなのです。 亀井静香・衆議院議員と話したとき、彼は小泉首相の参拝は許されるという。しかし私が憲法違反だといって話をすると、「そうか」といって話していた。 小泉の靖国参拝は外交問題なんです。これを日本人がクリアするのは当たり前なんです。 大脇 護憲か改憲か、ぜひ、松本先生のディベートでやって欲しい。幕末も勤皇か佐幕か、開国か攘夷かで国論は割れたが、見事に収斂(しゅうれん)した。日本人は空間的な目に見える範囲では素晴らしい感性を発揮するが、時・空を超えた抽象、普遍を描くことが不得手である。幼い頃からタルムードの暗唱で訓練されたユダヤ人は構想力に優れている。われわれにももっと未来の構想力が必要です。 A・トインビーは高等宗教が形骸化すると低俗宗教が蔓延(まんえん)するとして、現代の三つの偶像、英雄崇拝、科学信仰、共産主義を挙げ、このような低俗宗教に陥って、過去や現在、未来に逃避することなく、時代の挑戦に対して、現実の中で勇気を持って応戦する変貌型(昇華型)が望ましいと述べている。 小松 ヒロシマは人類史上初めて核が使われた場所だが、私はある時点からヒロシマで平和を唱えることに違和感を覚えるようになった。ここの美保航空隊(鳥取県境港市)には、戦争末期、七千人の本土決戦部隊がありました。ヒロシマの原爆で戦争が早くわり、戦災を免れました。生き残ったこの地から、戦後責任として平和を発信していく義務があるのでは。このままでは戦前責任まで問われかねません。 中西 和譲は、大国主命が古代に国を譲った。明治維新は江戸城の無血開城に見るように比較的平和裏に進んだ。これは日本文明の特色だ。日本のアジア外交も同様に和譲の心を持って、各論に臨むことが大変に重要ではないか。なお、アジア外交のみならず、世界に対しても、この日本文明の内に秘められた哲学を持って新しい二十一世紀の国際社会の理念にされることが、望ましいと考えています。 本澤 日本記者クラブでドイツ人の記者が、なぜ日本は竹島にこだわるのか。韓国にプレゼントしないのかといぶかっていた。同様に強制連行にしても、ドイツのようにきちんと補償したらいいとも。インドの方は、「和解のないままに靖国に行ってはならない」と言っていた。印象に残る言葉だ。 大脇 教育は魂のふれあいで、時間ではない。吉田松蔭は、牢屋に入ったり出たりで、ものの二年も教えていないが、明治維新の志士達を輩出した。教育は愛であり、相手が育つのを見て自分が喜ぶ、利他的行為である。今後の世界は教育を通じて、人を育てるということが大切となって来ると思う。 小松 昨年、十五年戦争の始まりとなった柳条湖の9・18博物館と、南京虐殺記念館を訪問した。その折、南京の朱成山(zhu cheng shan)館長から、これまで展示方針を『伝える、忘れない、許す』の三つの方針で運営してきたが、アメリカの9・11以降は方針を、『平和、調和、和解』と変えたとうかがった。 コメンテーター |
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作成:Yaling Wei |