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治水の偉人 清原太兵衛
江戸時代の宍道湖沿岸の町や村は、度重なる水害に苦しんでいました。
元禄15年(1702年)6月の大雨で、宍道湖は約2メートルも水面が高くなり、多くの人が舟で救い出されました。
そして、その年の8月にも水害によって斐伊川の堤防が出雲市のあたりで破れ、8万石もの穀物が失われました。

享保6年(1721年)には、大風雨で数百戸の家が流され、4万石の穀物が失われました。また次の年にも同様の被害を被ったということです。この時、農家生まれの太兵衛は10歳でした。
その後松江藩の役人になった太兵衛は、数多くの苦難の中76歳で治水工事を完成させました。
21世紀の我が国の社会は、高齢化が急速に進み、環境の悪化が心配されています。その予測は私たちの未来を暗く感じさせ、人々はせつな的な生き方に走りがちになります。
しかし、与えられた現実を厳しく見つめ、74歳の高齢でありながら治水工事の企画と監督に命をかけた清原太兵衛の生き方は私達に大きな励ましを与えてくれます。

現代の危機を嘆く前に、私たちは志高い先人の足跡に学び、未来に希望の灯を掲げる高い志を育てたいものです。
今、清原太兵衛の生涯を描いた漫画・児童文学・小説の三部作を刊行するのは、多くの人々、特に若い人とその志を共有したいからです。